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東京地方裁判所 平成8年(ワ)14484号 判決 1998年7月17日

原告

日東光学株式会社

右代表者代表取締役

金子定正

右訴訟代理人弁護士

表久雄

小田修司

渡辺潤

被告

株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役

高垣佑

右訴訟代理人弁護士

小野孝男

近藤基

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金四億七七五四万一九〇二円及びこれに対する平成八年八月九日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、平成元年九月以降、数回にわたり、被告と異種の通貨について「金銭の相互支払に関する契約」(以下「通貨スワップ契約」という。)を締結した原告が、これらの契約に関して被った損失額の合計一二億六七五〇万三六五七円のうち、被告に支払済の四億七七五四万一九〇二円について、各契約の公序良俗違反又は錯誤による無効を主張して不当利得返還請求をするとともに、これと選択的に、被告の説明義務違反による債務不履行又は不法行為を主張して、損害賠償請求をした事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実であり、後者については認定に供した証拠を括弧([ ])内に引用した。)

1  当事者

(一) 原告は、光学機械器具の製造販売、光学機械器具用資材の販売を主たる営業目的として、昭和二六年一〇月一日に設立された株式会社であり、平成三年一〇月一日以前における資本金は六〇〇〇万円であった。

(二) 被告は、平成八年四月一日、株式会社三菱銀行と株式会社東京銀行(以下「東京銀行」という。)が前者を存続会社として合併した株式会社であり、東京銀行は、外国為替銀行法四条一項の大蔵大臣の免許を受けた我が国唯一の外国為替専門銀行であった。

2  通貨スワップ取引について[乙一、弁論の全趣旨]

(一) 通貨スワップ取引とは、相対する当事者が、契約で定めた一定期間にわたり、一定の条件で、定期的に、通貨の種類を異にする金銭を相互に支払う取引をいう。

具体的には、相対する当事者は、まず契約で定めた開始日に、異種の通貨の一定金額(以下「元本」という。)を相互に交換し合った後、契約で定めた各支払日に、受領した元本に対する金利を相互に当該通貨で支払い、契約で定めた最終日に、それぞれ開始日に受領した元本と同額を当該通貨(すなわち開始日に交換した通貨)で支払う。

(二) 次の設例の場合、通貨スワップ取引による契約者の利益等は後記のとおりとなる。

[設例]

前提条件

開始日の為替レート 一ドル当たり一五〇円

米ドル金利 年一〇パーセント

円金利 年5.5パーセント

契約内容

A銀行とB会社で、期間四年間で一年ごとの金利支払い、開始日にA銀行の支払う元本を一五億円、B会社の支払う元本を一〇〇〇万米ドルとする通貨スワップ取引を行う(契約で定めた各金利支払日にA銀行が支払う金利が一〇〇万ドル、B会社が支払う金利が八二五〇万円)。

(1) 契約開始日に、A銀行はB会社に対して、一五億円を支払い、B会社はA銀行に対して一〇〇〇万米ドルを支払う。契約終了日に、A銀行はB会社に対して、一〇〇〇万米ドルを支払い、B会社はA銀行に対して一五億円を支払う。

各金利支払日に、A銀行はB会社に対して一〇〇万ドルを支払い、B会社はA銀行に対して八二五〇万円を支払う。

(2) 右スワップにより、B会社は、各支払日に一〇〇万ドルを受領するから、為替レートが契約開始日と変わらなければ、円に換算して一億五〇〇〇万円を受け取ることができ、支払額と差し引きして六七五〇万円の利益を上げることができる。

(3) このように、通貨スワップ取引が固定金利で行われ(本件における通貨スワップ取引は、いずれも固定金利によって行われている。)、為替が変動しないときは、B会社は、金利差による利益を安定して上げることができ、しかも、ドルが円に対して強くなれば、右の為替の変動による収益も期待できることになる。これに対し、円がドルに対して強くなり、その交換レートが一定の数値を超えるとB会社は損失を受けることになる(右の、B会社が収益を上げるか損失を受けるかの分岐点となる交換レートの数値が損益分岐点である。)。

すなわち、契約者は、固定金利差による収益とともに、為替の変動による収益も見込める反面、為替の変動により多額の損失を被る危険性を負担することとなる。

3  契約の締結

(以下、欧州通貨単位を「ECU」、ドイツマルクを「DM」、スイスフランを「SF」、イタリアリラを「LIT」、デンマーククローネを「DK」、イギリスポンドを「STG」という。)

(一) 原告は、平成元年九月八日、被告との間で、左の内容の通貨スワップ契約を締結した(以下「本件契約(一)」という。)[甲二、一三の2]。

原告の支払う元本

三〇〇〇万ECU

ECU金利 年9.16パーセント

被告の支払う元本

6234万9388.80DM

DM金利 年7.76パーセント

元本円換算額   約四五億円

開始日 平成元年九月一八日

最終日 平成四年九月一八日

金利支払日 平成二年九月一八日

平成三年九月一八日

平成四年九月一八日

契約時交換レート

一ECU当たり2.0783DM

損益分岐点

一ECU当たり2.0098DM

(二) 原告は、平成元年一二月一一日、被告との間で、左の内容の通貨スワップ契約を締結した(以下「本件契約(二)」という。)[甲三、一六の1]。

原告の支払う元本

2078万3129.60DM

DM金利 年7.76パーセント

被告の支払う元本

1878万8278.30SF

SF金利 年7.49パーセント

元本円換算額   約一五億円

開始日 平成元年一二月一九日

最終日 平成四年九月一八日

金利支払日 平成二年九月一八日

平成三年九月一八日

平成四年九月一八日

契約時交換レート

一DM当たり1.1062SF

損益分岐点

一DM当たり1.1135SF

(三) 原告は、平成二年四月一七日、被告との間で、左の内容の通貨スワップ契約を締結した(以下「本件契約(三)」という。)[甲四、一九]。

原告の支払う元本 一〇〇億LIT

LIT金利 年13.25パーセント

被告の支払う元本

1210万9014.34SF

SF金利 年9.15パーセント

元本円換算額 約一二億五〇〇〇万円

開始日 平成二年四月二三日

最終日 平成五年九月二〇日

金利支払日 平成二年九月一八日

平成三年九月一八日

平成四年九月一八日

平成五年九月二〇日

契約時交換レート

一〇〇LIT当たり0.12109SF

損益分岐点

一〇〇LIT当たり0.10945SF

(四) 原告は、平成三年九月一一日、被告との間で、左の内容の三つの通貨スワップ契約を締結した(以下、記載順に「本件契約(四)(1)」「本件契約(四)(2)」「本件契約(四)(3)」という。)[甲五ないし七、三三]。

(1) 原告の支払う元本

六五〇万STG

STG金利 年9.75パーセント

被告の支払う元本

1666万0996.62SF

SF金利 年7.98パーセント

元本円換算額   約一五億円

開始日 平成三年九月一八日

最終日 平成六年九月一九日

金利支払日 平成四年九月一八日

平成五年九月二〇日

平成六年九月一九日

契約時交換レート

一STG当たり2.5632SF

損益分岐点

一STG当たり2.4579SF

(2) 原告の支払う元本

九〇〇万ECU

ECU金利 年8.84パーセント

被告の支払う元本

1615万8552.30SF

SF金利 年7.77パーセント

元本円換算額   約一五億円

開始日 平成三年九月一八日

最終日 平成七年九月一九日

金利支払日 平成四年九月一八日

平成五年九月二〇日

平成六年九月一九日

平成七年九月一八日

契約時交換レート

一ECU当たり1.7954SF

損益分岐点

一ECU当たり1.7386SF

(3) 原告の支払う元本

二九〇億LIT

LIT金利 年11.78パーセント

被告の支払う元本

1億4995万7528.59DK

DK金利 年10.16パーセント

元本円換算額   約三〇億円

開始日 平成三年九月一八日

最終日 平成八年九月一八日

金利支払日 平成四年九月一八日

平成五年九月二〇日

平成六年九月一九日

平成七年九月一八日

平成八年九月一八日

契約時交換レート

一〇〇〇LIT当たり5.1709DK

損益分岐点

一〇〇〇LIT当たり4.9074DK

(五) 原告は、平成三年一一月二二日、被告との間で、左の内容の通貨スワップ契約を締結した(以下「本件契約(五)」といい、以上の(一)ないし(五)の契約を総称して「本件各契約」という。)[甲八、三六の2]。

原告の支払う元本 一〇〇億LIT

LIT金利 年11.31パーセント

被告の支払う元本

1179万2762.19SF

SF金利 年8.29パーセント

元本円換算額   約一〇億円

開始日 平成三年一一月二七日

最終日 平成六年一一月二八日

金利支払日 平成四年一一月二七日

平成五年一一月二九日

平成六年一一月二八日

契約時交換レート

一〇〇〇LIT当たり1.17928SF

損益分岐点

一〇〇〇LIT当たり1.09950SF

4  各支払日における原告の損失等

原告は、以下のとおり、本件各契約により合計一二億六七五〇万三六五七円の損失を受けた(なお、原告は金利及び元本の決済をいずれも日本円により行っているが、各金額の頭に付された△は当該決算日に原告が利益を上げたことを、▲は原告が損失を受けたことを、金額の後の括弧(【 】)内の記載は当該金額が金利の支払により発生したものか、元本の支払により発生したものかをそれぞれ示す。)。

(一) 平成二年九月一八日

本件契約(一)

△四八七二万三九八〇円【金利】

本件契約(二)

△一七三六万七六八九円【金利】

本件契約(三)

△一五一四万四五四二円【金利】

小計  △八一二三万六二一一円

(二) 平成三年九月一八日

本件契約(一)

△四〇三七万八二一一円【金利】

本件契約(二)

△二〇一九万二六〇四円【金利】

本件契約(三)

△三八五二万三六五六円【金利】

小計  △九九〇九万四四七一円

(三) 平成四年九月一八日

本件契約(一)

△四一四三万七四一二円【金利】

▲五八八二万一二三四円【元本】

本件契約(二)

△二四三一万一二八八円【金利】

▲三二七六万九七二七円【元本】

本件契約(三)

△三八二四万九六六〇円【金利】

本件契約(四)(1)

△二六〇六万九〇七四円【金利】

本件契約(四)(2)

△一八二二万一六七〇円【金利】

本件契約(四)(3)

△三八七二万二四九二円【金利】

小計  △九五四二万〇六三五円

(四) 平成四年一一月二七日

本件契約(五)

△二九七二万一二六六円【金利】

小計  △二九七二万一二六六円

(五) 平成五年九月二〇日

本件契約(三)

▲二一六二万八〇八四円【金利】

▲一億九〇七九万〇九七〇円【元本】

本件契約(四)(1)

△二九一万二三四二円【金利】

本件契約(四)(2)

△三九八万一四一九円【金利】

本件契約(四)(3)

▲一〇〇七万〇四一五円【金利】

小計 ▲二億一五五九万五七〇八円

(六) 平成五年一一月二九日

本件契約(五)

△二五三万九二四九円【金利】

小計  △二五三万九二四九円

(七) 平成六年九月一九日

本件契約(四)(1)

△一三四万三二五四円【金利】

△一三七八万三四八四円【元本】

本件契約(四)(2)

△一一二万七四二五円【金利】

本件契約(四)(3)

▲三二〇九万一六七九円【金利】

小計 ▲一五八三万七五一六円

(八) 平成六年一一月二八日

本件契約(五)

▲三〇二三万〇一五〇円【金利】

▲二億六七二八万一四〇九円【元本】

小計 ▲二億九七五一万一五五九円

(九) 平成七年九月一八日

本件契約(四)(2)

▲四三一万五一二四円【金利】

▲一億九五一〇万六九七六円【元本】

本件契約(四)(3)

▲五七一八万六八五一円【金利】

小計 ▲二億五六六〇万八九五一円

(一〇) 平成八年九月一八日

本件契約(四)(3)

▲七億八九九六万一七五五円【金利及び元本合計額】

小計 ▲七億八九九六万一七五五円

(二) 本件各契約の損益小計

(1) 本件契約(一)

△七一七一万八三六九円

(2) 本件契約(二)

△二九一〇万一八五四円

(3) 本件契約(三)

▲一億二〇五〇万一一九六円

(4) 本件契約(四)(1)

△四四一〇万八一五四円

本件契約(四)(2)

▲一億七六〇九万一五八六円

本件契約(四)(3)

▲八億五〇五八万八二〇八円

(5) 本件契約(五)

▲二億六五二五万一〇四四円

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  通貨スワップ取引は公序良俗に違反するか

(一) 原告の主張

(1) 本件契約(一)は、外貨の決済を必要とする取引を行う際に、為替の変動による危険を回避する目的で締結されたものではなく、契約で定めた期間における異種通貨の為替相場の変動等による金利差及び為替差金の授受のみを目的とするものである。

(2) 通貨スワップ取引は、外貨の決済を必要とする取引を行う場合に、金利、為替などの相場による影響を避ける目的で行われるときには、適法な取引に付随する合理的な必要性があるものとして、適法と評価できる。

(3) しかし、通貨スワップ取引が右のような合理的な必要性もなく、単に、相場変動による差金の授受のみを目的とする投機行為として行われる場合は、いわば賭博に類似する取引として、公序良俗に違反するというべきであり、本件各契約は、まさに右の場合に該当する。

したがって、本件各契約は、公序良俗に違反するものとして無効であり、被告は、原告に対し、受領済みの四億七七五四万一九〇二円を不当利得として返還すべきである。

(二) 被告の主張

(1) 本件各契約は、企業の資金運用手段としての投機行為であるが、このような投機行為も企業の資金の運用方法として合理的な必要性がある取引であるから公序良俗に違反しない。このことは、大蔵省が、通貨スワップ取引等のデリバティブ取引が適法、有効であることを前提として、大蔵省令を制定し、通達(大蔵省平成八年六月二八日蔵銀第一三一一号銀行局長通達「普通銀行の業務運営に関する基本事項等について」)を発していることからも明らかである。

したがって、本件各契約が公序良俗に違反するとの原告の主張は失当である。

(2) なお、被告は、金融機関として、本件各契約について為替変動による損失を受ける危険性を回避するため、第三者との間で、本件各契約とは反対方向の通貨スワップ契約(いわゆるカバー取引)を締結しているから、本件各契約による原告の損失がそのまま被告の利得になることはない。すなわち、為替相場の変動によって、被告に利得あるいは損失が発生することはなく、本件各契約により被告が受ける利得は、各契約の相手方から受領する定額の手数料のみである。

したがって、本件各契約が、賭博に類似する著しく射幸性がある取引であるとの原告の主張は失当である。

2  本件各契約の要素について原告に錯誤があったか。

(一) 原告の主張

(1) 本件契約(一)は、原告の経理部長甲野太郎(以下「甲野」という。)が、被告社員の乙川次郎(以下「乙川」という。)及び丙山三郎(以下「丙山」という。)の説明を聞いて、通貨スワップ取引は確実に利益を得ることができる取引であると誤信したために締結されたものであり、本件契約(二)ないし(五)は、その後、本件契約(一)等について金利及び元本の各決済日に生じる見込みとなった損失を回避する目的でそれぞれ締結されたものである。

(2) ところが、通貨スワップ取引は、多額の収益を期待できる取引である反面、為替の変動による危険性が極めて大きい取引であり、確実に利益を得ることはできないばかりか、本件契約(一)等について金利及び元本の各決済日に生じる見込みとなった損失を回避する手段としても適していない取引であった。

もし、甲野が、通貨スワップ取引が極めて危険性が大きく、確実に利益を得ることができない取引であること、あるいは、その後順次生じる見込みとなった損失を回避するための手段として適していない取引であることを認識していたら、原告は、本件各契約を締結しなかった。また、原告は、本件契約(一)が要素の錯誤により無効であると知っていたら、本件契約(二)ないし(五)を締結しなかった。

本件各契約は危険性が少なく、確実に利益を期待できる取引であること、本件契約(二)ないし(五)の締結により、金利及び元本の各決済日に生じる見込みとなった損失の危険回避が可能であるということ及び本件契約(一)が有効な契約であるとの点は、いずれも本件各契約の要素となっており、原告には、右の点に錯誤があった。

したがって、本件各契約は、原告の意思表示の要素に錯誤があるものとして、いずれも無効である。

(二) 被告の主張

丙山は、甲野に対し、通貨スワップ取引の基本的な仕組み、通貨スワップ取引に付随する基本的な知識及びその危険性を具体的かつ詳細に説明した。甲野は、丙山の説明を十分に理解し、通貨スワップ取引の基本的な仕組み及びその危険性を十分に理解した上で、本件各契約を社内で稟議に回し、その結果、本件各契約が締結された。

したがって、本件各契約について、原告に要素の錯誤はない。

3  説明義務違反等

(一) 原告の主張

(1) そもそも、本件各契約のような危険性の高い取引については、金融機関である被告は、これが顧客の知識、経験及び経済的状況に照らして、明らかに適していない場合には、当該顧客を積極的に取引に勧誘すべきではない。

原告は、資産運用目的の投機行為を必要としない株式会社であり、被告は、このことを十分認識していたにもかかわらず、原告に本件各契約を勧め、本件各契約を締結させたものであり、被告の一連の勧誘行為は、信義則上の義務に違反するばかりか、違法性の強い勧誘行為として不法行為となる。

(2) また、仮に、原告が通貨スワップ取引に適していたとしても、通貨スワップ取引は極めて危険性の高い取引であるから、被告は、原告に対して、虚偽の情報を与えたり、将来の利益について断定的な判断を提供しないことはもとより、本件各契約が危険性がある取引であることを具体的に説明する義務を負っていた。

しかるに、被告は、本件各契約は危険性が少ない取引であり、確実に利益を得ることができる取引であると虚偽の事実を述べ、あるいは将来の利益について断定的な判断を提供し、その危険性について十分な説明をしないで、原告に本件各契約を締結させた。右の被告の勧誘行為は、信義則上の説明義務に違反するばかりか、違法性の強い勧誘行為として、不法行為となる。

(3) 銀行と顧客が取引に入り、結果として、顧客に予想に反する損失が生じる見込みとなった場合には、契約当事者間の信義則上の義務として、銀行にはその損失を拡大させないよう十分配慮をする義務がある。したがって、被告は、本件契約(一)等につき金利及び元本の各決済日に損失が生じる見込みとなった段階で、その回避方法について適切な助言をすべきであったにもかかわらず、これを怠り、かえって、損失の発生回避のために有効であると虚偽の説明をして、原告に本件契約(二)ないし(五)を締結させたから、被告の一連の勧誘行為は、信義則上の義務に違反するばかりか、違法性の強い勧誘行為として不法行為となる。

(二) 被告の主張

(1) 原告は、海外取引の経験や各種投資活動の経験があり、経済活動及び金融取引についての十分な経験と知識に基づく高度な理解、判断能力を有していた。

(2) 乙川及び丙山は、原告に対し、通貨スワップ取引の仕組みや損益分岐点が記載された書面を交付し、通貨スワップ取引の仕組みとその危険性について十分の説明をした。また、被告は、本件契約(二)ないし(五)の締結に先立ち、原告に対し、複数の損失回避策を提示しており、本件契約(二)ないし(五)は原告自らの選択により締結されたものである。

(3) 以上のとおり、被告は、原告に対し、本件各契約の締結にあたり、十分な説明を行っているから、被告に説明義務違反を理由とする法的な責任が発生する余地はない。

三  証拠<省略>

第三  争点に対する判断(認定に供した証拠は各認定の後の括弧([ ])内に記載した。)。

一  本件各契約の締結に至る経緯

1  本件契約(一)の締結に至る経緯

(一) 原告の経理部長であった甲野は、平成元年八月一〇日ころ、原告会社の顧問会計事務所の税理士丁沢四郎から、「東京銀行の乙川課長が紹介したい商品があるといっているので、一度会ってくれないか。」との連絡を受け、同月中旬ころその商品の説明を受けることにした[甲六二の1、六九、証人甲野]。

(二) 当時、東京銀行新宿支店の営業第二課(営業第三チーム)課長であった乙川は、平成元年八月一八日ころ、丁沢とともに、原告会社を訪れ、甲野に対し、「ECU(欧州通貨単位)について」と題する書面(甲一)を交付し、ECUについての説明や通貨スワップ取引の概略の説明を行い、ECUやDMは比較的安定的に推移する通貨であると説明した。乙川は、詳しいことは翌週に専門家を連れてきて説明するとして、原告会社を辞去した[甲一、六二の1、六九、証人甲野]。

(三) その後、東京銀行新宿支店のマネーデスク課長であった丙山は、乙川から、原告に通貨スワップ取引の説明をするよう依頼され、平成元年八月二〇日過ぎころ、乙川とともに原告会社を訪れ、丁沢同席の下に、甲野と面談した。

丙山は、甲野に対し、既に原告に交付されていた「ECU(欧州通貨単位)について」と題する書面(甲一)に加え、ECUについての説明書と過去のECUとDMのレートの推移が直近のものまで記載された資料を利用して、前提事実の2に記載の通貨スワップ取引の仕組み、損益分岐点の意味、欧州通貨機構(EMS)の仕組み、ECUの構成、その比率などについて口頭で説明を行った。丙山は、本件契約(一)の危険性について、原告は、金利支払日及び最終日にECUを受け取り、DMを支払うことになるので、ECUに対してDMが弱くなる、すなわちECU高になれば原告の収益が拡大するが、ECUに対してDMが強くなる、すなわちDM高になれば原告の収益は減少すること、その損益がマイナスになる為替レートが損益分岐点であることを説明した。

そして、丙山は、右のとおり、通貨スワップ取引には為替変動による危険性があるが、ECUやDMは比較的安定した通貨であり、そのため、本件契約(一)は、比較的少ない危険で金利差による収益を上げることができる取引であること、また、現在ECU高の地合いにあるので、為替差益も期待できることを説明した[甲一、六九、乙一八、証人丙山、同甲野]。

(四) 右の説明を受け、甲野は、通貨スワップ契約を締結することが、原告の収益確保につながると考え、本件契約(一)の締結の可否を社内の稟議にかけて決裁を受け、本件契約(一)が締結された[前提事実3(一)、甲一二の二]。

なお、本件契約(一)の締結に当たっては、DMとECUの契約時交換レート、損益分岐点等が記載された確認書が原告に交付された[甲一三の2、証人丙山]。

(五) 右の認定に対し、乙川の陳述書(乙一七)には、乙川は、平成元年八月一八日に丙山とともに原告会社を訪れた旨の記載があるが、丙山自身、「ECU(欧州通貨単位)について」と題する書面(甲一)は、同人が原告会社を訪れる前に原告に渡されていたものであり、八月一八日ころに原告会社を訪問した記憶はない旨の証言をし、甲野も、同趣旨の証言をしていること、そして、丁沢が記載した「損害賠償等請求事件について」と題する書面(甲六二号証の1)にも右と同趣旨の記載があることに照らせば、乙川の陳述書(乙一七)の前記記載はたやすく信用することができない。

また、原告は、乙川及び丙山が、ECUとDMの通貨スワップ取引については、DMが、損益分岐点を超えて上昇する可能性はないと断言したと主張し、証人甲野は、右にそう供述をする。しかしながら、乙川が平成元年八月一八日に原告会社に持参し、その後、丙山が説明の際に使用した「ECU(欧州通貨単位)について」と題する書面(甲一)の四枚目下段には、「比較的低リスクで大きな収益が期待できますので、よろしくご検討いただきますようお願い申し上げます。」と記載され、同七枚目及び八枚目には、過去三年においてECUとDMの為替レートの推移の幅は比較的少なく、両通貨が安定した通貨であることが記載されているが、右書面(甲一)の四枚目の記載はあくまで、「比較的低リスクで」と為替の変動による危険性を前提としているものであるし、同七枚目及び八枚目の数値も直近三年の実際の為替レートの推移を示したものにすぎず、将来の為替レートについての予測をしたものではない。これらの客観的な記載内容にかんがみれば、乙川及び丙山が、ECUとDMの通貨スワップ取引について、DMが損益分岐点を超える可能性はないと断言した旨の証人甲野の供述は採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  本件契約(二)の締結に至る経緯

(一) 本件契約(一)が締結された約二か月後の平成元年一一月ころ、いわゆるベルリンの壁の崩壊を契機にDMが急騰し、ECUに対する交換レートも損益分岐点に近づいてきた[乙六、一八、証人丙山]。

(二) 丙山は、平成元年一一月二七日ころ、甲野に対し、右の旨を電話で告げ、「最近のECU相場の動向について」と題する書面(乙六)をファックスで送信し、西ドイツの利上げや東欧における民主化の動きからDMが強くなってきていること、ECUを構成する通貨のうち、一三パーセントを占めるSTGが急落傾向を強めていることから、DMに対するECUの相場が下落していることを告げ、既存の契約の管理について、①今後DM高が続いた場合に備えて、金利差を取れる新たな通貨スワップ取引を造成する方法(DKとSFの通貨スワップ取引を行う案と、LITとSFの通貨スワップ取引を行う案の二案が提案された。)と、②本件契約(一)について原告が受領するECUの一部をLITやDKに乗り換えることにより、ECUの下落による損失を避ける通貨スワップ取引を造成する方法を提案した。さらに丙山は、同年一二月五日には、原告に対し、損失を回避する具体的方法として、③新たにDMとSFの通貨スワップ取引を造成することにより原告が支払うDMの額を減少させる方法があること及び前記の「最近のECU相場の動向について」と題する書面(乙六)で提案した案のうち②のECUをLITに乗り換える方法については、その損益分岐点が悪化したことを記載したファックス(乙七)を送信した。その後、丙山は、DMとSFの通貨スワップ取引を行った場合の損益分岐点等の試算をを記載したファックス(甲一六号証の1)を原告に送信した。丙山の右ファックス書面(甲一六号証の1、乙七号証)等による提案は、本件契約(一)の金利支払期日及び元本の決済期間に合わせて、原告がECUを支払う通貨スワップ取引を造成し、あるいは、原告がDMを受領する通貨スワップ取引を新たに造成することにより、原告が受領するECU又は原告が支払うDMを減少させ、ECUの下落又はDMの高騰により発生する危険の分散を図るというものであった[甲一六の1、乙六、七、一八、証人丙山]。

(三) 甲野は、被告からの右提案を受け、新しい通貨スワップ取引を造成することは危険を増大させ、LITを取り入れた通貨スワップ取引の造成については、金利差も大きいが危険も大きいと判断し、本件契約(一)の三分の一の額について、DMとSFの通貨スワップ契約を新たに締結する方法が最良であると判断し、本件契約(二)については社内の稟議にかけ、同年一二月一一日付で、本件契約(二)が締結された(右契約の実行により、原告が支払うDMが三分の一減少することになり、DM高の危険が分散されることになった。)[前提事実3(二)、甲一七、証人甲野]。

なお、本件契約(二)の締結に当たっては、DMとSFの契約時交換レート、損益分岐点等が記載された確認書が原告に交付された[甲一六の1、2、証人丙山]。

3  本件契約(三)の締結に至る経緯

(一) 平成二年三月ころになっても、平成元年一一月ころからのSTGの下落傾向は続いており、DMの高騰の気配は収まらなかった。

そこで、丙山は、平成二年三月一四日、原告が本件契約(一)につき支払うべきDMのうち残り三分の二に相当する部分についても、新たに通貨スワップ契約を締結してその危険を分散した方がよいと考え、原告に対し、具体案として、LITとDMの通貨スワップ契約を締結することを提案した[乙一二、証人丙山]。

(二) 甲野は、右の提案に対し、本件契約(一)に基づいて原告が支払うDMの三分の一に相当する額について、前記2(二)のとおり平成元年一一月から一二月にかけて被告から提案を受けていた通貨スワップ取引の中から、金利差の大きいLITとSFの通貨スワップ取引を選択し、本件契約(三)について社内の稟議にかけ、本件契約(三)を締結した[前提事実3(三)、甲二二、六九、乙一二、証人丙山、同甲野]。

なお、本件契約(三)の締結に当たっては、LITとSFの契約時交換レート、損益分岐点等が記載された確認書が原告に交付された[甲一九、二〇]。

(三) これに対し、原告は、本件契約(三)は、丙山の提案のままに締結したものであると主張し、証人甲野も右主張にそうかの供述をする。

しかし、本件契約(三)の締結に先立ち被告が原告に送付したファックス書面(乙一二)には、LITとDMの通貨スワップ取引を提案する記載があるものの、LITとSFの通貨スワップ取引を締結する案は記載されていない上(もっとも、被告が平成元年一一月二七日に原告に送付した「最近のECU相場の動向について」と題する書面(乙六)には、新たに金利差がとれる通貨スワップ取引を造成する方法として、LITとSFの通貨スワップ取引を締結する方法が記載されているが、右の通貨スワップ取引については、甲野自身、危険性が大きいことを熟知していた(2(三)参照)。)、原告が選択したLITとSFの通貨スワップ取引は、本件契約(一)と金利支払期日も契約終了の時期も異なっているばかりか、原告が支払うDMを減少させる方向の通貨スワップ取引ではないため、必ずしも本件契約(一)により損失が生じる危険性を減少させる方法とはなっておらず、ファックス書面(乙一二)等で丙山が提案した方法とはその目的が異なっている。右の諸点に、甲野自身、結局は、複数の提案の中から自らの判断で本件契約(三)を締結したとの趣旨の証言をしていることを合わせ考慮すると、本件契約(三)は、甲野が、ファックス書面(乙一二)等による丙山の提案と従前の提案を比較検討した結果、新たに金利差の大きいLITとSFの通貨スワップ取引を造成することにより、今後生じる見込みとなった損失を回避するとともに、あわよくば金利差による収益を上げようと考えて締結したものと推認できる。

したがって、本件契約(三)は、丙山の提案のままに締結されたものであるかのようにいう証人甲野の前記供述部分は、採用できない。

(四) フラメンコスワップ等の提案と甲野の検討

原告は、平成二年九月四日、被告から「フラメンコスワップのご案内」と題する書面(甲二三)を送付され、スペインペセタと円を用いた、元本交換を行わない通貨スワップ取引を紹介され、さらには、平成二年九月六日、「STG£オプション利用によるローン金利低減の御案内」と題する書面(甲二四)を送付され、STG£オプションを利用したローンコストの低減を提案されたが、甲野は、丙山から本件契約(一)ないし(三)の元本の決済は二年ないし三年先となるので、あわててここで新たに通貨スワップ取引を造成する必要はないと説明されたため、これらの契約を締結しなかった[甲二三、二四、証人甲野]。

4  本件契約(四)(1)ないし(3)の締結に至る経緯

(一) その後、平成四年九月一八日に契約最終日が到来する本件契約(一)及び(二)の元本の決済について、原告に損失が発生する見込みとなったため、丙山の後任者である甲村五郎は、平成三年七月三〇日及び同年八月三〇日、原告に対し、それぞれ「オフバランス取引ポジション評価」と題する書面を送付し、本件契約(一)ないし(三)を現段階で手仕舞ったときの原告の収益あるいは損失の試算及びこれを継続した場合の原告の収益あるいは損失の試算結果を知らせた[甲二八、二九]。

(二) また、甲村は、平成三年八月二八日、原告に対し、「パッケージスワップ(EURO―PAS)の御案内」と題する書面(甲二七)を送付した。右の書面に記載されたパッケージスワップは、複数の、契約期間が異なる通貨スワップ取引を同時に締結することにより、元本決済時期をずらし、元本決済時の危険を分散する、通貨を分散することにより、特定の通貨についての為替変動の危険を分散する、というものであった。

甲村が紹介したパッケージスワップは、具体的には、①期間を三年間とする一〇〇〇万STGと二五六三SFの通貨スワップ取引(元本円換算額約二二億九九〇一万一〇〇〇円)、②期間を四年とする一四〇〇万ECUと二五一〇万二〇〇〇SFの通貨スワップ取引(元本円換算額約二二億五一六四万九四〇〇円)、③期間を五年とする二〇〇〇万LITと一億〇三六八万DKの通貨スワップ取引(元本円換算額約二〇億九六四〇万九六〇〇円)を組み合わせたものであった[甲二七]。

(三) 甲野は、右提案を受け、これを社内の決裁にかけ、平成三年九月一一日、本件契約(四)(1)ないし(3)が締結された。なお、右契約の締結に当たっては、原告の依頼により、各通貨スワップ取引に割り当てる金額が変更されている[前提事実3(四)、甲三〇、三四]。

(四) なお、本件契約(四)(1)ないし(3)の締結に当たっては、各契約の契約時交換レート、損益分岐点等が記載された確認書が原告に交付された[甲三三]。

(五) 原告は、原告が本件契約(四)(3)について元本額を増やしたのは、被告からLITとDKは安定した通貨であると強く勧められたからであると主張するが、仮に、被告がLITとDKの通貨スワップ取引に割り当てる元本を増やすよう勧めたとしても、原告会社の平成三年九月三日付稟議書(甲三〇)に、検討事項として各通貨スワップ取引についての資金の配分の点が記載されていることに照らすと、結局は、原告は、自らの責任と判断において資金の配分をしたと推認できる。

5  本件契約(五)の締結に至る経緯

平成五年一一月一九日、甲村他一名が原告会社を訪問し、甲野に対し、円を利用した通貨スワップ取引及びLITとSFの通貨スワップ取引を紹介したところ、甲野は、既に本件契約(三)で経験済みのLITとSFの通貨スワップ取引を選択し、その結果、本件契約(五)が締結された[争いのない事実]。

二  争点1(本件契約が公序良俗に違反するか)について

通貨スワップ取引の仕組みは前提事実の2のとおりであり、為替相場の変動により契約当事者の利益及び損失が大幅に増減する可能性のある取引であるから、為替相場の変動による差益自体を目的とした投機の対象となり得るものである。そして、本件契約(一)は、他の取引について外貨による決済を行う際の為替変動に伴う危険を回避するためにされたものではなく、通貨スワップ取引による収益自体を目的とした取引である。

しかし、通貨スワップ取引は、基本的には為替予約の機能を持ち、実需に応じた外貨による決済を行う際の為替変動に伴う危険を回避するために有用なものであり、市場における取引全体の円滑な運用のためには、取引の当事者として、右のような目的で取引をする者だけではなく、投機目的で取引をする者も必要となるから、投機目的での取引の対象となることのみをもって、通貨スワップ取引自体を公序良俗に違反するものとはいえない。

他方、本件契約(一)についてみると、前記一1で認定のとおり、本件契約(一)については、ECU高による差益が生じることも期待されたものの、基本的には、ECUとDMが比較的安定した通貨であるとの認識の下に、両者の固定金利の差により原告が利益を上げることを目的としたものであって、為替変動による差益の獲得自体を目的としたものではない。また、本件契約(一)について原告の相手方となった被告は、金融機関として、為替変動に伴う危険を回避するため、本件契約(一)のみならず、スワップ取引一般について、常に反対方向の取引(カバー取引)を行っており、為替変動により利益を得たり、損失を受けたりすることはない[証人丙山]。

以上の諸点を総合すると、本件契約(一)を、投機性、射幸性が著しく高く、賭博に類するものとして、公序良俗に違反するということはできない。

三  争点2(本件各契約について原告に要素の錯誤があるか)について

1  原告は、通貨スワップ取引は極めて危険が少なく、確実に利益を得ることができる取引であると誤信して本件契約(一)を締結し、通貨スワップ取引が危険が少なく、確実に利益を得ることができる取引であることは本件契約(一)の要素となっていたから、原告の本件契約(一)締結の意思表示の要素に錯誤があったと主張する。

2  しかし、本件契約(一)の締結に当たり甲野が作成し、決裁にかけた稟議書(甲一二)には、「リスクについて」との題に続いて、ECUのDMに対する交換レートが損益分岐点の2.0085を下回った場合には損失が生じることになる旨の記載があることが認められる[甲一二]。右の客観的な記載に加え、甲野自身の、通貨スワップ取引の仕組みや損益分岐点の意味などについては十分理解をしていた旨の証言を考え併せれば、甲野は、通貨スワップ取引についての危険性を十分に認識した上で、本件契約(一)について社内の稟議にかけ、決裁を得たと認められる。

したがって、原告に本件契約(一)の締結について要素の錯誤があったと認めることはできない。

3  また、原告は、その後順次生じる見込みとなった損失を確実に回避できる手段であると誤信して、本件契約(二)ないし(五)を締結し、右動機は被告に表示されていたと主張する。しかし、原告が、本件契約(一)及び順次締結された各契約について生じる見込みとなった損失を回避するために、本件契約(二)ないし(五)を締結したこと及び右の動機が被告に表示されていたことは事実であるとしても、前記一の2ないし5で認定のとおり、本件契約(二)ないし(五)は、DMの急騰を契機として本件契約(一)について原告に損失が発生する可能性が生じたことに端を発して締結されたものである。そうである以上、原告は、本件契約(一)と同様の取引である本件契約(二)ないし(五)についても、不測の事態によって為替が変動し、原告に予想外の損失を発生させることがあり得ること、すなわち、本件契約(二)ないし(五)が、不測の損害を被ることを事前に防止する万全の策とはなり得ないことを当然に認識していたと考えられる。

したがって、本件契約(二)ないし(五)について、原告に、原告が主張するような内容の錯誤があったということはできない。

四  争点3(説明義務違反等)について

1 原告が、通貨スワップ契約に適していなかったか

甲六九号証及び証人甲野の証言によれば、原告は、本件各契約以前に海外取引の経験はあったものの、外貨建の取引は行っていなかったことが認められる。しかしながら、原告会社の平成元年当時の資本金は六〇〇〇万円(平成三年一〇月に一億八〇〇〇万円に増資)であって、平成九年三月期の売上高は約一八八億円に上ること[甲六九、証人甲野]、他方、平成元年当時の原告の銀行借入金の合計額は七三億円で、このころが借入金のピークであり、甲野は、原告の収益確保のため通貨スワップ契約の締結をするとして本件契約(一)につき社内の稟議にかけたこと[甲一二、証人甲野]、さらに、被告から本件各契約につき説明を受けた甲野は、昭和六二年以降、原告の経理部長の職にあり、経済誌等も定期的に購読している人物であり[証人甲野]、本件各契約は、いずれも社内の稟議を経た上で締結されていることなどからすれば、原告は、通貨スワップ契約の仕組みやその危険性の説明を受ければ(甲野が被告の説明を受け、通貨スワップ契約の仕組みとその危険性を認識していたことは前記三のとおりである。)、通貨スワップ契約が原告に適した取引であるか、原告に本件取引を行う必要性があるかなどの諸点について自己の責任において判断する能力を有していると認められ、外貨取引の経験がないからといって、通貨スワップ契約が、原告に適しないものであるということはできない。

したがって、通貨スワップ契約である本件各契約が危険性の高い取引であることを考慮しても、これが原告に適合せず、被告が、原告を、本件各契約に勧誘したこと自体をもって、違法なものということはできない。

2 説明義務違反

通貨スワップ契約が、前提事実2に認定のとおり、為替相場の変動により顧客の収益あるいは損失が大幅に増減する可能性のある取引であり、為替の相場の推移の正確な予想が銀行等の金融機関にとっても困難であることにかんがみると、通貨スワップ契約を勧誘する者は、取引の相手方に応じて、当該取引の仕組みや危険性について必要な説明をすべきであると考えられる。しかしながら、右の観点からしても、前記一の本件各契約締結の経緯に認定のとおり、丙山は、口頭及び書面で通貨スワップ契約の仕組み、損益分岐点の意味、欧州通貨制度の仕組み、ECUの構成、その比率などについて説明していたのであるから、被告の説明は、原告が、通貨スワップ取引契約の基本的な仕組みやその危険性を理解するのに十分なものであったというべきであり、現に、原告会社の甲野が、原告会社の通貨スワップ契約の仕組みや損益分岐点の意味、その危険性を十分に理解していたと認められることは、前記三のとおりである。

また、被告が、原告に対し、虚偽の情報を提供したり、将来の利益について断定的な判断を提供したことが認められないことは、前記一の本件各契約締結の経緯に説示のとおりである。もっとも、「ECU(欧州通貨単位)について」と題する書面(甲一)の四枚目には「比較的低リスク」との記載があり、右記載のみを取り上げれば、通貨スワップ取引の有する危険性を無視した記載であるといえなくもないが、丙山は、通貨スワップ取引には為替変動の危険が伴うことを明確に説明しており(一1(三)参照)、しかも、右当時において、過去三年におけるECUとDMの交換レートは比較的安定しており、損益分岐点を割り込むこともなかった[甲一号証七、八枚目]のであって、本件契約(一)締結後のECUに対するDMの高騰は、大多数の者が予測し得なかった、いわゆるベルリンの壁の崩壊等によるものである[証人丙山]ことからすれば、前記の記載をもって、被告が本件契約(一)について、積極的に虚偽の説明をしたということはできない。

したがって、原告の主張は理由がない。

3 損害拡大回避義務

本件契約(一)は邦貨にして約四五億円にも上る巨額の取引であり、DMのECUに対する為替レートが損益分岐点を超えた場合には、原告が右取引の結果被る損失も巨額になることが容易に予測できる。また、通貨スワップ契約をはじめとするいわゆるデリバティブ取引においては、そのリスク管理が顧客にとって重大な関心事となるため、銀行において、適時に、適切な情報の提供や損害の回避方法についての助言を行い、顧客の注意を喚起することが望ましいことはいうまでもない。しかし、本件契約(一)自体から、被告に、原告の主張するような損害拡大回避義務なる法的義務が生じると解することはできない上、法的義務という観点を離れても、被告は、前記一の本件契約(二)ないし(五)の締結の経緯に認定のとおり、為替の変動や翌年度以降の決算の見込みなどについて適切な情報を提供し、損失の発生を回避するための複数の方法を助言しているのであるから(一4(四)に認定のとおり、丙山は、甲野に対し、フラメンコスワップの締結を急ぐことはないとも説明している。)、被告が、原告に生じる見込みとなった損失の回避方法について、不適切な説明をしたということはできない。

むしろ、前提事実4のとおり、本件契約(一)及びDMの高騰により同契約から生じる損失を回避するため締結された本件契約(二)については、全体としては損失が生じておらず、原告が多額の損失を被るきっかけとなった取引は、本件契約(三)であるが、同契約は、前記認定のとおり、原告が、丙山の提案に反し、発生する見込みであった損失の回避にとどまらず、あわよくば金利差による収益を上げることを狙って、あえて危険性が高い通貨スワップ取引を選択したものである。すなわち、本件において、原告は、自らの選択によって損失を広げた(もっとも、右損失も、LITのERM(為替相場メカニズム)からの一時離脱という、これまた予想し難い要因によるところが大きい[甲四九、五一ないし五三、証人甲野]。)ものであり、そうである以上、原告が、自ら被った損失について、被告を非難することは、筋違いといわざるを得ない。

また、原告は、右の際、丙山がこのまま静観する方法もあると原告に説明しなかったと非難し、本件契約(一)及び(二)については、最終的に損失が生じなかったことは前記のとおりである。しかしながら、丙山が原告に対して送付した「最近のECU相場の動向について」と題する書面(乙六)には、あくまで長期的な視点にたっての対策が必要であると明確に記載されており、しかも、平成元年一二月当時には、本件契約(一)についてDMのECUに対する交換レートは、未だ損益分岐点を超えていなかったのであるから、甲野としても、選択肢の一つとして為替の変動をこのまま静観する方法があること自体は容易に知り得たはずである。このことに、本件契約(一)及び(二)について最終的に損失が生じなかったのは、あくまで結果としてのことにすぎず、為替変動を静観することが、当時採り得た措置の中で最良のものであったとは必ずしもいえないことも合わせ考慮すれば、被告が、原告に対し、このまま静観する方法があることを明示的に告げなかったからといって、被告に債務不履行又は不法行為上の責任があるということはできない。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木健太 裁判官比佐和枝 裁判官本多幸嗣)

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